通訳翻訳情報
証券銘柄レポートの翻訳
(月刊 「eとらんす」 2001年7月号P29〜P31)
銘柄レポートの翻訳に必要な知識・情報
銘柄レポートを翻訳する際、翻訳者は「忙しい機関投資家が斜め読みできる」訳文の作成を目指す必要がある。機関投資家は金融・証券に関する専門知識を豊富に備えており、しかも英語力は高い人が多い。時間さえあれば自分でレポートを読みこなすことは十分可能なのだ。それでは、どうして高いお金を払ってまで翻訳を依頼するのか−。理由はただ一つ、忙しいからである。巨額の運用資金を抱える機関投資家は英語で書かれた銘柄レポートを丁寧に読んでいる暇などない。ざっと目を通して自分が必要とするポイントだけを掴みたいと考えている。そのため、一読了解できないレポートでは原文の内容がどんなに素晴らしくても読んではもらえない。どんな翻訳でも対象読者に受け入れてもらえなければ失格である。また、当然のことながら事実と反する訳文(誤訳を含む)などもってのほかであり、特に数字の間違いは致命的だといえる。もう一点、銘柄レポートの翻訳にはスピードが要求される。レポートを作成したアナリストは情報の鮮度が高いうちに投資家に提供したいと考える。原稿2ページ程度のショート・レポートであれば2〜3時間で納品するのが普通であり、翻訳者は限られた時間内に発注者がさっと目を通して気になる部分を少し修正するだけで済むレベルの原稿を作成することが求められる。正確かつ読みやすい訳文を迅速に作成することが銘柄レポートの翻訳に携わる上で最も大切なことだといえる。
銘柄レポートの翻訳で必要な知識・情報は大きく3つに分けられる:
1. マクロ経済および金融・証券に関する知識・情報
2. 銘柄レポートに関する知識
3. 個別企業および業界の情報
■ 1. マクロ経済および金融・証券に関する知識・情報
一般的な金融・経済分野に関する書物を和洋100冊読んだ!
銘柄レポートの翻訳に携わる前提として、マクロ経済に関する知識を十分に備えていることが要求される。というのも、個別企業の動向は企業活動を行なう国の経済情勢に左右されることが普通であるためだ。されに、上述のように機関投資家の銘柄選別方針が従来の市場別からグローバルベースで見たセクター別へとシフトするなかで日本経済のみならず世界経済の動向をも踏まえた分析が展開されるケースは非常に多い。また、銘柄レポートの翻訳は時間的な余裕がないことが普通であるため、マクロ経済に関する調べ物などをしているようでは所定時間内に翻訳を完成することなどとうてい不可能である。同じ理由で、為替、株式、債券といった金融・証券分野の知識も十分に備えていることが要求される。
どの程度の知識をもって十分と判断するかを示すのは難しいが、筆者はマクロ経済および一般的は金融・経済分野に関する書物を和洋あわせて100冊程度読むことが目安になるのではないかと考える。金融機関での実務経験もなく、経済に関する知識はゼロに等しかった筆者が金融・経済分野の翻訳に携わる前に実際に行なった学習方法を参考のために挙げると、最初にマクロ経済に関する入門書を和書で10冊ほど読み、(きっちりわかる経済のしくみ(山下景秋著/経営実務出版)が初心者向けとしてはお勧め)、続いて特に初心者向けでとっつきやすそうな洋書を5冊ほど読んだ。その後、金融、為替、債券、株式、貿易、会計など一般的な金融・証券分野についても同様に入門書を和洋あわせて10〜15冊ずつ読んでいった。もちろん、ただ読むだけではなく「理解できる」ということが重要なのだが(そのため筆者は最初のころ、同じ本を3回も4回も繰り返し読んだ)、100冊ほど読めばいやでも銘柄レポートの翻訳に必要な経済・金融の知識は身につくと思われる。マクロ経済および金融・証券に関する知識を十分に備えていることが、銘柄レポートの翻訳に携わる必須条件だといっても過言ではないだろう。
同時に、マクロ経済に関する情報に対して常にアンテナを伸ばしておく必要もある。ここで有効な手段は新聞をよく読むことである。日本の金融業界では日本経済新聞が事実上のスタンダードであるという事実に照らし、ここでは日経を前提に話を進めたい。日経では不定期ながら景気に関する特集記事が組まれたり、各種経済指標が発表された際にはその数字だけでなく専門家の解説やコメントが掲載される。また、為替、株式市場の動向、政策などその時々で話題になっているテーマを取り上げていることも多い。これらを毎日くまなくチェックするだけで、銘柄レポートで必要とされるマクロ経済情報は十分カバーできるはずだ。
■ 2. 銘柄レポートに関する知識
アナリストがどのようなプロセスで企業を分析したのかを理解して訳す
当然のことながら、銘柄レポートに関する知識も必要だ。銘柄レポートとはそもそも何で、作成の目的は何かといった基本的は知識から、銘柄レポートを作成する証券アナリストはどのような仕事をしていて、彼らはどのようなプロセスでレポートを作成しているかといった踏み込んだ知識まで、さまざまな知識が必要になる。特に、銘柄レポートの翻訳においてアナリストがどのようなプロセスでレポートを作成しているのかを理解しておくことは非常に有益である。翻訳者はアナリストが英語で伝えたいと考える主張を正確に日本語で伝えなくてはならない。そのためには、ただ単に単語を置き換えるのではなく、アナリストがどのようなプロセスで企業を分析したのかを理解した上で、日本語で銘柄レポートを作成する場合の約束に則って、日本語で書かれた銘柄レポートとして投資家に受け入れられる翻訳原稿を作成しなくてはならない。つまり、日本語を母国語とする投資家に翻訳した銘柄レポートを違和感なく読んでもらわなければならないのだ。言うまでもないが、翻訳者はアナリストではないため、当然自らが企業分析をする必要などない。要は、アナリストがどのようにレポートを作成するのか、そのプロセスだけを理解しておけば十分ということだ。
上述の目的のために有益なのはアナリスト向けの書籍である。本稿執筆においても参考にした「証券アナリストのための企業分析 定量・定性分析と投資価値評価「第2版」(日本証券アナリスト協会(編)/東洋経済新報社)など日本証券アナリスト協会が出している書籍のほか、証券アナリスト試験用のテキストもアナリストの着眼点を理解する上で有益だといえる。これらの本を折にふれて読んでおくと、アナリストがどのような目的意識をもってレポートを作成しているのかが理解できるだろう。
■ 3. 個別企業および業界の情報
日本経済新聞のマーケット総合欄の熟読は基本
当然のことだが、レポートの対象企業は受注依頼が来た時点で初めてわかる。しかし、日頃から外資系証券会社が銘柄レポートを作成しそうな企業(およびセクター)につき情報を収集しておくことも品質向上および翻訳作業のための時間確保の観点から重要である。
それでは、外資系証券会社が調査対象としそうな企業(セクター)をどのように判断すればいいのだろうか。銘柄レポート翻訳の未経験者でも簡単に判断できるのが日本経済新聞朝刊のマーケット総合1面だろう。ここで株式市場の解説を読んでどのような銘柄が話題になっているのかを毎日追ったり、株式市場に関する記事をよく読んでおくだけで(たまに外資系証券の選好セクターが書かれているので十分に流れをつかむことができる。そして、ここで取り上げられた企業やセクターに関する記事があればスクラップしておくこと。会社四季報で財務データの概要を確認しておくことも有効だ。いざ仕事になった時に迅速に必要な情報を得られる体制を整えることは極めて重要である。
他にも、円安局面では輸出関連株が選好され、景気回復局面では内需関連株が選好されるといったように、マクロ経済の動向からもある程度は類推が可能である。また、過去に依頼の多かったセクターについて継続的に情報を集めるやり方もある。筆者の場合、ここ数年は通信セクターの仕事が多いことから、通信会社(セクター)に関する新聞記事は必要に応じてファイルし、各社のホームページも定期的にチェックするよう心がけている。また、経済関連の週刊誌などで通信関連の特集記事が組まれることもあるので見逃さないように注意している(日経の雑誌広告をチェック)。その他、日経BP社の「2001年版 情報・通信新語辞典」のような情報・通信関連の用語辞典や年一回発行の「情報通信アウトルック」のような業界動向に関する解説書もかならず最新版を用意している。また、通信セクターに限らないが、筆者は過去の仕事を分野別にデータベース化しており、これも仕事を進める上で大変重宝している。
最後にインターネットによる調査について触れておきたい。最近はインターネットのおかげで調査はかなり楽になったが、その反面、調査しても確認できなかったという言い訳はよほどのことがない限りできなくなった。一方、時間の限られた銘柄レポートの翻訳では調査にかけられる時間も限られている。インターネットによる調査は確かに非常に有効だが、いざ仕事になるとじっくりネットサーフィンしている暇などないことを心に留めておく必要がある。そのためにも、日々、個別企業やセクターに関する情報を収集しておくことが肝要だといえる。
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